古代ギリシアにおいて「顔」であると同時に「仮面」を意味する特異な言葉「プロソポン」をめぐり、その概念系とイメージの諸相を、古典文献や陶器画などの綿密な比較分析を通じてアナクロニックに横断し博捜する、新鋭によるたぐいまれなる成果。【シリーズ・古典転生:第17回配本・本巻第16巻】
プロソポンという主題は、古来よりきわめて多彩な変奏を伴って扱われてきた。そのなかでも、本書での考察がとりわけ光を当てたプロソポンの基調をなす「主旋律」とは、〈あらわれ〉の問題、あるいはより正確を期すならば、「〈あらわれ〉方」の問題である。表面がその「裏」や「内奥」を仄めかすものであることはいうまでもないし、いずれを語るにも表面から出発せざるをえない。プロソポンもまたそのような「表面」ではあるが、プロソポンをめぐる古代ギリシアの表象における真髄は、表層の深淵や彼岸を自覚しながらも、その〈あらわれ〉に目を凝らし、そこに積極的な価値を見出しえていたという点ではないだろうか。すなわち、〈あらわれ〉に、半透明のメディウムに、視覚の薄皮に、邂逅に、出来事に「あえて踏みとどまる」という身振りこそが、問われるべきものなのである。(本書より)
目次
序章
第一章 プロソポンの基本概念と隣接概念
第一節 プロスとオープス
語の成り立ちと語義
基本概念――プロスの側から
基本概念――オープスの側から
第二節 プロソポンとプロソペイオン
プロソポン――顔/仮面
プロソペイオン
プロソポン/プロソペイオン
第三節 「プロソポンの下/背後」をめぐる言説――モルモリュケイオン、カルディア、ヒュポクリテス
モルモリュケイオン――「裏返してそれをよく調べてみるがいい」
カルディア――「うわべ」と「心」
ヒュポクリテス――「返答する者」から「偽善者」へ
第二章 プロソポン――〈あらわれ〉の方へ
第一節 饒舌なる表面
半透明のメディウム
「顔の言語」
パイドラーのヴェール
第二節 皺・痕跡・面影
エトスとエートス
古代ギリシア演劇における仮面
第三節 視覚の表皮、事物の皮膜――デモクリトスにおけるエイドラ
エイドラ
デモクリトスの視覚論におけるエイドラ
砂上の尻跡
半物質的薄皮
第三章 対‐面 としてのプロソポン
第一節 古代ギリシア陶器画における正面観図像
カノン=プロフィール図像
カノンからの逸脱=正面観図像
先行研究における正面観図像の分類
正面性・顔面性・他者性
アポストロフェー
(補遺)盲目の仮面、あるいは仮面の盲目性――正面観図像をめぐる疑問点と課題
第二節 プロソポンは「鏡」か?――カタ・プロソポン
カタ・プロソポン
鏡、あるいは瞳=人見
疑似眼球としての杯――古代ギリシア陶器における瞳=人見
到来する「顔」
第四章 アプロソポス――別様の「顔」の形象のために
第一節 美少年カルミデスの謎
アプロソポスの基本的な語義
「顔のない」美少年
アプロソポス――美-醜のカテゴリー
第二節 テオプラストスの「鉄面皮」
問われる「破廉恥さ」
「カメレオン的人間」
第三節 非人称
パッレーシア
プロソポンと属性
ウーティス――名無しの仮面
結び
あとがき
関連略年表
用語集
参考文献
索引