稲垣尚友
2026年5月29日
徒手空拳の書である。何も持たない、前知識も用意しないということが、どれだけエネルギーを必要とすることか。並の身であれば、周囲を取り囲んでいる〈誘惑〉を振り切るだけで、げっそりと痩せてしまうものである。そのことをこの写真集の作者である松村さんは、自覚と無自覚とを織り交ぜて、すり抜ける努力を惜しまない。計算がないから、瞬間を捉えることにたけている。わたしはこの書を手にして、一気にページをめくってしまった。
その「一気」には感情移入も伴っていた。作者に道案内されているような安心感に浸りながら、「ああ、コザの街は今でも横文字だらけなのだろうか」とか、「この石垣島の子らはどんな道を歩んだのだろうか」と、喉元で呟きながら頁をくっていた。わたしは松村さんより四年早くであるが、沖縄の虜になっていたのである。〈南島〉とか〈琉球〉という文字が目に入ると、それだけで心臓の鼓動を早めていた。〈那覇ン世〉に想いを馳せるという、幼くもある感性を丸出しにしていた。
真珠のような輝きをしている子どもたちの瞳が眩しくもある。その子らの保護者たちは働き者であり、欲望を充たすためにアクセクすることはありえることだが、紙背から伝わってくる日常は、働くことが、ある時は遊びにつながり、そうでないときには、地霊に祈り、祖霊を招き寄せて会話をしている。それは年月を掛けて培ってきた共同体の基礎ルールなのである。失ってはならないものが何であるかを個々の人間が自覚しているから維持できるルールでもある。気安くタビビトに陽性な声掛けができるのはガンとしたその自覚があるからだろう。
松村さんは想う一点が見つかれば潔い。ネオンまばたくコザの飲み屋街にあっては、黒人専用の飲み屋街に入って撮ってもいる。若い女性の一人歩きであれば、不本意な誘い掛けもあったであろうが、それらを払い除けた後には、黒人解放運動の指導者だったキング牧師の追悼行進の取材に向かうのだった。
愛楽園というハンセン病患者にカメラを向けるのも早かった。一人ひとりに「撮っていいですか?と尋ねている。それが当たり前の礼儀であるとわたしは思うが、それが出来ない人も多い。もうだいぶ前になるが、『南島に治癒力があるか』という趣旨のタイトルが付いた書籍を読んだことがある。村の青年に御嶽(うたき)を案内してもらったその著者が、「ここは誰でも入っていい処ではないんです」と青年に教えられた。研究者でもある著者は青年と別れてから、ひとりでこっそり御嶽を再訪している。その行為を悪びれずに自著に認めている。
また別の所では民俗音楽の研究者が、神職を務めるノロに、「御祈りを録音していいですか?」と尋ねると、「それはかなわない」と断られる。研究者はズボンの後ろポケットに小さな録音機を忍ばせて、録音に成功している。まだスマートフォンなど発明されていない一九六〇年台のことである。
これらの事例は優等民族であることを自覚している植民者が、劣等民とみなす土着民を踏み潰しているのと同じことである。それは民俗学者にも言えることである。その類の学者には地元の出身者もいるが、圧倒的に多いのはヤマトンチュである。ノートとペンを武器に、相手の暮らしを聞きまくるが、その報告書を送ることには至って後ろ向きである。松村さんは「ヤマトンチュ」と呼ばれるたびに疎外感をいや応なしに味わう人だった。
松村さんは別の場面でこうも言っている。ある沖縄出身の女性写真家に、「ヤマトンチュが沖縄の写真を撮るな」と面と向かって言われて驚き、一瞬ひるんだことがある。間を置いてからみなぎって来たものは、「ヤマトもウチナーもあるものか、撮って撮って撮りまくってやる」という闘志であった。男女を問わず、沖縄出身者がヤマトンチュ―の蔑視に絶えなければならなかった時代は永かったが、時間を重ねた現在では、蔑視に立ち向かうのは両者が共に腕を組むことである。沖縄出身の写真家の発言はヤマトンチュ―に対する逆差別のなにものでもない。発言者の包容力の狭さを責める気はないが、「これから先の島々へ」向かう我々にとって、松村さんの闘志に拍手を送りたい。

『この先の島じまへ 1969-1980 沖縄』
松村久美(写真)
ISBN:978-4-86503-222-2
刊行年月:2026年4月
B5並製272頁(2C)
¥4,300 (税別)
稲垣尚友(いながき・なおとも)
1942年生まれ。トカラ諸島(臥蛇島、平島)での暮らしをへて、現在、竹細工職人。著書に『密林のなかの書斎――琉球弧北端の島の日常』『十七年目のトカラ』(以上、梟社)、『山羊と焼酎』『悲しきトカラ』(以上、未來社)、『青春彷徨』(福音館)、『日琉境界の島 臥蛇島の手当金制度』(CD版本 NJS出版)、『灘渡る古層の響き――平島放送速記録を読む』(みずのわ出版)、『臥蛇島金銭入出帳』(ボン工房)、『戦場の漂流者・千二百分の一の二等兵』『占領下のトカラ――北緯三十度以南で生きる』(以上、弦書房)などがある。
