川田喜久治写真集 地図 The Map
川田喜久治

品切

初版1000部→完売いたしました

今や伝説と化した写真集が、
戦後60年、新たな造本と新たなメッセージを添えて新生。

  • 刊行年月: 2005.03
  • A5変型判上製函入、190頁総観音開き+リーフレット
  • 本体価格12,000円
  • ISBN:4-901477-16-1

21800日めの新版刊行へ

1945年8月6日朝、広島市上空、快晴。午前8時15分、高度580メートルにて、B29重爆撃機エノラゲイ号から投下された原子爆弾リトルボーイが炸裂。一秒後に直径280メートルの巨大な火の玉と化した原爆は、爆風とともに4000度の熱線で地上を焦がし、半径3000メートル以内に存在するすべてのものを未曾有の炎でたちまち包んだ。放射線はあらゆるものを貫き、黒い雨が降り注ぎ続け、癒されぬ傷跡を後世に永く残した。

1960年X月X日、広島県産業奨励館(原爆ドーム)。

「雨が降り続く初夏の夕ぐれ、孤立しているような原爆ドームに私はひとりしのび込んでいた。暗く湿った地下天井の裂け目から目が離れなくなってしまった。」

写真家・川田喜久治は天井一面に渦巻く「しみ」の群れを撮った。それらは一瞬にして蒸発した人々の痕跡なのか、それとも黒い雨に苛まれた廃墟の素顔なのか。音を立てて蠢いているかのようなそれらの渦は、幾重にも連なる暗雲にも見え、拭い去ることのできない血の滴りにも見えた。

「壁に残った「しみ」は証言するものの不在の意味を克明に語るが、不在をこえた謎に写真の想像力は向かうことができるかもしれない。」

1965年8月6日、原爆投下からちょうど20年後、川田喜久治第一写真集『地図』が美術出版社より出版される。限定800部。

「神風特別攻撃隊員の親に送った遺書や肖像、廃墟願望のオブジェと化した要塞、天皇から下賜された勲章を胸に人生を終えようとしている元将校、幾たびも手術をし、ケロイド化した女性の腕、ドーム内に残された内外観光客の記念の落書き、経済成長を謳歌した町工場の鉄屑、飲み捨てられたコカ・コーラの瓶、あるいは占領軍の持ち込んだラッキー・ストライク、チュウイング・ガム、誘拐凶悪犯の手配写真、激しく踏みにじられた国旗など。これらのイメージと「しみ」の咄嗟の邂逅と照応が『地図-The Map』の核となっていった。」

190ページのすべてが観音開きという特異な写真集。黒々としたイメージの群れによって、時間の堆積が暗黒に封じ込められたかのように見える。作家の大江健三郎はこの写真集に一文を寄せたが、そのなかには次のような言葉がある。

「地図はつねに静かな秩序にみちている。しかしこの暴力的な世界を、真にさし示す地図はそのようなものではなく、僕が子供の夏、汚れた地面に見た地図だし、MAPの写真家が執拗に写しつづける黒暗暗たる地図である。」

品切絶版となってから久しく、今や伝説と化した写真集『地図』。終戦後60周年、原爆投下から21800日めの2005年3月20日、あらたな造本とあらたなメッセージを添えて、『地図』が新生する。

  • A5変型判上製函入、190頁総観音開き、本体価格12,000円
  • ISBN:4-901477-16-1、初版1000部
  • 写真家本人によるテキスト「「しみ」のイリュージョン」を掲載したリーフレット付
  • 装丁=川畑直道

紹介記事

  • 内藤正敏氏書評(「日本フォトコンテスト」2005年11月号)
  • 無記名氏書評(「芸術新潮」2005年9月号「INVITATION」欄)
  • 上野修氏書評(「日本カメラ」2005年6月号)

川田喜久治 (かわだ・きくじ)
1933年茨城県に生まれる。1955年立教大学経済学部卒業。新潮社に入社。『週刊新潮』の創刊(1956年)より、グラビア等の撮影を担当。1959年フリーランスの写真家となる。「VIVO」同人(1959~61年)。日本写真協会賞年度賞受賞(1996年)、東川賞国内作家賞受賞(1996年)、芸術選奨文部科学大臣賞受賞(2004年)。
主な作品集に『地図』(美術出版社、1965年)、『聖なる世界』(写真評論社、1971年)、『ルードヴィヒII世の城』(朝日ソノラマ、1979年)、『Nude』(オリジナル プリント、限定30部、新潮社、1984年)、『ラスト・コスモロジー』(三菱地所/491製作、1995年)、『日本の写真家(33)川田喜久治』(岩波書店、1998年)、『世界劇場 The Globe Theater』(私家版、限定550部、1998年)、『ユリイカ 全都市』(オリジナルプリントポートフォリオ、限定15部、PGI、2001年)、『世界劇場 Theatrum Mundi』(川田喜久治写真展図録、東京都写真美術館、2003年)など。
近年の主な個展に「ラスト・コスモロジー」タワー・ギャラリー(横浜、1995年)、「ゼノン ラスト・コスモロジー」P.G.I.(東京、1996年)、「カー・マニアック」P.G.I.(東京、1998年)、「ユリイカ 全都市」P.G.I.(東京、2001年)、「川田喜久治展 世界劇場」東京都写真美術館(東京、2003年)など、多数。グループ展に「New Japanese Photography」ニューヨーク近代美術館(1974年)、「前衛芸術の日本 1910-1970」ポンピドゥ・センター(1986年)、「The History of Japanese Photography」ヒューストン美術館(2003年)などがある。作品は東京国立近代美術館、東京都写真美術館、道立釧路芸術館、サンフランシスコ近代美術館、ニューヨーク・パブリック・ライブラリー(『地図』ダミー版を収蔵)、などにコレクションされている。

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