森山大道のOn the Road

にっぽん劇場 (2)

大竹昭子

—なぜ「日本の土着性や芸能性をとらえている」という審査評に不満だったのですか。

「歌謡曲好きの体質があるから行けば雰囲気に呑み込まれて夢中になるけど、「日本の土着性や芸能性をとらえている」なんて言われると、そんなんじゃないよと言いたい気分があったんですね。だってまだ20代でしょ、せっかく東京に出てきてどうしてこんな泥臭いものを撮らなきゃなんないのかって思ったよね。中平には「オイ、金歯」なんておちょくられるし。あのころの芸人は舞台でわざわざ金歯見せてたから。行く前に自由が丘の喫茶店でお茶を飲んで気持ちのバランスをとったりして、でもいやいや出かけても行くとすっぽりハマってしまって、愛憎半ばするものにむきあっている感じでした」

—編集やデザインはどうしましたか?

「ぼくがほとんどやりました。はじめは辰己四郎さんにお願いしたんですけど、納得がいかなくて自分でやり直したんです。辰己さんはやさしいから、自分で思うようにやったほうがいいよと言ってくれてセレクトからレイアウトまでずいぶんこだわりました」

—ということは、「無言劇」で締めくくったのはご自身の判断ですね。

「もちろんそうです。でも、これはないほうがよかったってずいぶん言われたなあ。意味不明だと。でも、どうしても入れたかったんです。理由は説明できないけれど、入れないわけにはいかなかった」

  1章で書いたようにこの「無言劇」シリーズはその後、長いこと記憶の底に沈み、「ヨコスカ」がデビュー作として取り上げられることが多かった。ところが2003年秋のパリ・カルティエ財団現代美術館展で森山は写真展の核となるイメージを探していてこれを思いつき、会場の中央に胎児をプリントした壁紙を貼り作品を展示した。この壁の効果は大きく、多くの観客がこの前で長時間足を止めた。胎児とはヒトのはじまりであり、種子である。『にっぽん劇場写真帖』『続にっぽん劇場写真帖』『狩人』『新宿』などを展示した三方の壁がこれによって引き締められ、テーマが浮き彫りになった。写真の魅力は撮影時に想像しなかったものが後に芽を吹くところにあるが、それを痛感させる出来事だった。
 森山の発言には「どうしてもそうしたかった」という言葉がよく出てくる。説明を求められてもすぐに言葉にしない。内的必然性や衝動に対して断固とした態度をとる。遠回りに見えても結局は写真になって出る、そういう感覚を持っている。このしぶとさは体質的なものであり、その体質を自覚しつつ写真との関係を強めてきた。言い換えるならば、そういうものとして写真を認識できたことが写真行為の持続を可能にしたのだった。


大竹昭子(おおたけ・あきこ)
ノンフィクション、エッセイ、小説、写真評論など、ジャンルを横断して執筆。トークと朗読の会<カタリココ>を各地で開催している。 著書に『この写真がすごい2008』(朝日出版社、2008)、『きみのいる生活』(文藝春秋、2006)、『眼の狩人』(ちくま文庫、2004)、短編集『随時見学可』(みすず書房、2009)、『あの画家に会う 個人美術館』(新潮社とんぼの本, 2009)、長編小説『ソキョートーキョー』(ポプラ社、2010)など他多数。
web: 紀伊國屋書店「書評空間」の同人。草森紳一記念館「白玉楼中の人」で「目玉の人」を不定期連載。

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