舞台芸術05

品切

責任編集=太田省吾・鴻英良

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特集=劇場と社会

  • 刊行年月:2004年1月22日発売
  • A5判(タテ209×ヨコ148×ツカ15)並製286頁カバー装
  • 本体価格2,000円
  • ISBN:4-901477-55-2
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社会にとって劇場とは何か。その誕生と存在意義、公的使命をいまこそ問い直す。
いま、わたしたちが希む劇場はどこにあるのか? そして、舞台芸術は社会において、どのような場所で必要とされているのか?  公共的なものからオルタナティブなものまで、独自の理念のもと展開された複数の劇場史、どこにでも舞台が成立することを証明した野外劇やテント芝居、 自らの存在意義を社会に対して示し続けたこれらの活動を手がかりに、あらためて劇場あるいは舞台芸術と社会の関係を真摯に問う。

目次

劇場と貧困なる経験 太田省吾
劇場はどこにあるのか 鴻英良

唐十郎 インタヴュー 聞き手=八角聡仁
ケータイを身体の一部にしている人のアタマに楔を打ち込む演劇はどこにあるのか?
演出家の仕事 フセヴォロド・メイエルホリド 訳=鴻英良
初めから、私の信条(クレド)において…… タデウシュ・カントル 訳=坂倉千鶴
スペクタクルの自殺者たち ジャン・ボードリヤール 訳=塚原史
共同討議 芸術活動と公共空間
北川フラム/木幡和枝/吉本光宏/太田省吾/鴻英良
芸術と社会—-芸術家会館ベタニエンの企て ミヒャエル・へルター 訳=谷川道子
主張#1 ジェイムズ・タイソン 訳=谷岡健彦
パブリック・フォーラムとしての演劇/劇場 谷岡健彦
文化問題としてのダンス—-九〇年代日本のダンス文化とその現在 武藤大祐
劇場のかたち1 松本雄吉
南アフリカ共和国の演劇状況—-一九七〇年代から一九九〇年代を中心に ウォルター・ケフー・チャケラ 訳・解説=エグリントン佐藤みか
舞台芸術の社会的役割とは何か—-実作者は<劇場>をこう考える
舞台芸術と社会と私 江本純子
街と劇場 小里清
パフォーマンスを出前します—-『収穫祭』の実践 坂本公成
そして劇場に戻ってくる—-小学校で過ごした三週間 砂連尾理+寺田みさこ
丘サーファー 白井剛
大河の辺で水を売ること 長谷川裕久
セミドキュメント演劇とポツドールについて…… 三浦大輔
私が勇気をもらう劇場 三浦基
戦後日本における「劇・場」の展開 —-草月ホール/スタジオ200/世田谷パブリックシアター
「劇場史」への懐疑、あるいは「前衛」と「前衛以降」 森山直人
激動の六〇年代、アヴァンギャルド芸術の潮流の中で 野村紀子
じぶん、新発見の赤ちゃん—-八〇年代スタジオ200の活動 八木忠栄
演劇の公共圏にむかって—-世田谷パブリックシアターの活動 松井憲太郎
■時 評 ■
「市民的教養(ルビ=シヴイリテイ)」を裏切るために—-「芸術的過酷さ」をめぐって 内野儀
「子供の国のダンス」便り—-技術の「善用」について 桜井圭介
事後的ではない批評 小林昌廣
アヴィニョン・フェスティバル—-中止によって起きた〈文化危機〉 林正和
■連 載 ■
やさしい現代演劇 5 川村毅
過渡期としての舞台空間—-小劇場演劇における「昭和三〇年代」 4 森山直人
北座はいま (I)  木戸敏郎
小特集= ヨン・フォッセ
魚の大きな目 ヨン・フォッセ 訳=河合純枝
ヨン・フォッセ『だれか、来る』掲載にあたって 太田省吾
戯曲 だれか、来る ヨン・フォッセ /訳・解説=河合純枝
『だれか、来る』演出ノート クロード・レジ 訳・解説=横山義志

舞台芸術研究センターとは
京都造形芸術大学(学校法人瓜生山学園)が2001年4月に開設した舞台芸術研究センターは、 舞台芸術の全創造過程を研究対象として、乖離しがちであった創造の現場と学術研究とのより有機的な結びつきを推進しています 。京都芸術劇場(「春秋座」「studio 21」)という学内劇場を活用することで、この関係が当センター独自のものとして確立され ることとなります。また、映像・舞台芸術学科を中心とした学内研究員による上演実験とその研究活動のみならず、学外の研究員や 国内外の研究機関との共同研究など、過去にない新たな舞台芸術研究のネットワークづくりを目指します。現在の日本の舞台芸術、 文化情況が狭窄的ではないかという共通理解のもと、それを解放するための多様な試みとしての『舞台芸術』を年3回刊行します。
http://www.k-pac.org 住所:〒606-8271 京都市左京区北白川瓜生山2-116
TEL:075-791-9437 (舞台芸術研究センター事務所)

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