月曜社 Getsuyosha Limited 書籍出版 人文社会・芸術書

森山大道のOn the Road

大竹昭子

大竹昭子(おおたけ・あきこ)
ノンフィクション、エッセイ、小説、写真評論など、ジャンルを横断して執筆。トークと朗読の会<カタリココ>を各地で開催している。 著書に『この写真がすごい2008』(朝日出版社、2008)、『きみのいる生活』(文藝春秋、2006)、『眼の狩人』(ちくま文庫、2004)、短編集『随時見学可』(みすず書房、2009)、『あの画家に会う 個人美術館』(新潮社とんぼの本, 2009)など他多数。最新刊は 長編小説『ソキョートーキョー』(ポプラ社、2010)。
web: 紀伊國屋書店「書評空間」の同人。草森紳一記念館「白玉楼中の人」で「目玉の人」を不定期連載。
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連載17  

■何かへの旅 (3)

 『アサヒカメラ』と仕事をするようになったのは『カメラ毎日』よりも遅く、1968年1月号に『朝日ジャーナル』で発表した「バトントワラー」を再録したのが最初である。だがその後急接近し、69年から73年まで4回の年間連載をもった。
 『アサヒカメラ』で森山を担当したのは若い才能を応援するのが好きな小森孝之という編集者だった。『にっぽん劇場写真帖』が出てまもない夏の終わりころ、連載をお願いしたいと連絡があり、その後もずっと彼の担当で連載がつづけられていく。山岸は「『アサヒカメラ』に森山をとられた」ともらしていたという。
 小森はすでに他界しており、どうしてそれほど森山に入れ込んだのか尋ねることは出来ないが、森山の思い詰めたような過激さに、何か感じるものがあったのだろうか。これだけ長期にわたって連載をもった写真家はきわめて少なく、小森の用意した状況がいかに例外的だったかがわかる。

 69年の最初の連載は社会的事件や事故を題材にした「アクシデント」で、テレビ画像やポスターの複写も多く、さほど遠出はしていない。翌70年は表紙を担当。本格的に旅がはじまったのは71年の「何かへの旅」からだった。
 各号の旅先は以下のとおりである。

 1月号 瀬戸内海沿岸(倉敷、水島、下津井、児島、尾道、丸亀、高松)
 2月号 東京・深夜のプラットフォーム
 3月号 三沢
 4月号 安曇野
 5月号 阪神工業地帯
 6月号 松山・道後・広島
 7月号 釧路
 8月号 六本木
 9月号 石狩
 10月号 神戸
 11月号 能登半島
 12月号 京都

 一見してわかるとおり、撮影地に統一感はないし、テーマらしきものも伺えない。どのように行き先を決めていったのだろうか。
 「小森さんが海好き、船好き、港好きで、ぼくと一致していたから、多少そういうノリで行き先が決まったところがあったかもしれないですね。じゃあ、岡山に行ってみるかとか。三沢は横須賀の延長で基地の町の興味。米軍が大量に帰国した時期で、その報道を見て行ってみようかと。
 安曇野の「ダムサイト」は、加藤文太郎という登山家の書いた『単独行』を読んだのがきっかけです。山に対峙する気分に偏執狂的なところがあるのがおもしろくて、一時期集中して山岳小説を読んだんです。当時は村が沈む話が多くて、存在していたものがさっと壊れてまた新しいものが生まれる、そんな時間の変遷への興味もありましたね。
 釧路は原田康子の『挽歌』の影響もあるけど、この連載で一度港町に行ってみようと小森さんとも言っていたので。地元のお医者さんで丹頂鶴を撮っている人に、根釧原野に連れていってもらったりしました。石狩は黒木和雄さんの映画で花畔でロケしたときにひとりで行ったときの記憶ですね。神戸はむかしいたことがあるのでふと行きたくなって。能登半島は行ったことがなかったのでまわってみようと。どの回もこんなふうに思いつきです」


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