月曜社 Getsuyosha Limited 書籍出版 人文社会・芸術書

森山大道のOn the Road

大竹昭子

大竹昭子(おおたけ・あきこ)
ノンフィクション、エッセイ、小説、写真評論など、ジャンルを横断して執筆。トークと朗読の会<カタリココ>を各地で開催している。 著書に『この写真がすごい2008』(朝日出版社、2008)、『きみのいる生活』(文藝春秋、2006)、『眼の狩人』(ちくま文庫、2004)、短編集『随時見学可』(みすず書房、2009)、『あの画家に会う 個人美術館』(新潮社とんぼの本, 2009)など他多数。最新刊は 長編小説『ソキョートーキョー』(ポプラ社、2010)。
web: 紀伊國屋書店「書評空間」の同人。草森紳一記念館「白玉楼中の人」で「目玉の人」を不定期連載。
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連載14  

■宅野 (5)

 それにしてもなぜ写真だったのか。
「行動的で生き生きしていて、デザイナーとはまったくちがう人種に見えた」と森山は回想する。一言でいえばカッコよく映ったのだったが、そのイメージを植え付けたのは岩宮フォトスの岩宮武二だった。ブツ撮りの依頼などでスタジオに出入りしていたが、ボスの岩宮は元南海ホークスのピッチャーで動きに躍動感があり、スタッフのカメラマンも意欲満々で輝いていた。写真を学ぶならそこしかないと思い定め、使ってほしいと頼み込んだ。
 ろくにカメラに触ったこともないのに飛び込んだ彼もいい度胸だが、それを受け入れた岩宮も寛大である。まだ効率主義がはびこっていない世の中で、試しに来てもらおうというくらいの感じで気軽に人を雇えた時代だったし、彼のそれまでの仕事ぶりを見て見込みのありそうな青年に思えたことも、もちとんあっただろう。

 その当時、写真家になった人には10代のころから写真をやっていた人が多い。撮れたものをカメラ雑誌に応募し、コンテストで勝ち抜きながら腕を磨いていくというのが、写真専門学校が本格化するまで写真をめざす人の通る基本コースだったのだ。これまで見てきたように森山はそのルートを通過していない。カメラマニアでもなければコンテストの常連でもなく、機械の扱いはむしろ不得意なほうだった。写真をはじめたのはそれを操る人の魅力にとりつかれたからであり、撮られた写真が広告や雑誌に使われて人々の目に触れるスピード感やダイナミズムに接して大いに魅了されたからだった。
 写真の技術や原理には無知だったが、デザインの仕事を通じてこの時期に大量な写真に触れ、イメージを扱う訓練をしたことは、写真家森山大道の誕生を考える上で重要なポイントだろう。また写真を「素材」として見る感覚を持っていたことは、カメラに追従する撮り方やテーマ主義への懐疑など、写真という表現メディアを批判的にとらえる視座へと、やがて発展していく。1972年に出た『写真よさようなら』(写真評論社)はその象徴物であり、日本の写真がひとつの極点に達したことを示すものとなった。

 この写真集は暗室で拾い集めたフィルムの切り落としや雑誌の複写などで構成されたもので、挑発的なタイトルから察しがつくように、写真を徹底して解体することが目的だった。中平卓馬との出会いや、反体制の時代の空気も関係していただろうが、写真を外から見ていたことも大きかったのではないだろうか。中平もおなじようにカメラ少年ではなく編集者から写真家に転じた人物で、ふたりは出会ってすぐに意気投合した。中平は当面の「仮想敵」として東松照明を掲げ、十代から写真を撮ってコンテストで入選してきたこの写真家をモダニズムの象徴としてとらえていた。従来の写真家と別の自意識をもって登場したふたりには、通じあえるものが多かったのである。
『写真よさようなら』にはまた触れるので、ここでは屋外で活動できるのに惹かれて写真の道に入ったことを心に留めておこう。いまに至るまで森山がストリートスナップに固執してきた理由はそこにあるし、「自分の写真は街をうろつきまわる癖とカメラが合体したにすぎない」という先の発言も、こうしたいきさつを知るとより深く納得できるのである。

 墓地を出た森山はトモさんこと白枝友春さんの家にむかったが、あいにく米子に行っていて留守だった。塀を台にして長い手紙を書き、途中で買ってきたバラの花束に添えて親類に託すと、車道を渡って防潮壁のむこうにある砂浜につつっと駆け下りていった。両手を広げたような岬の内側に小さな入り江があり、小島がぽつんと浮かんでいる。斜めの陽射しを受けて海面は縮緬のように細かく光っていた。
 「そこから飛び込んでむこうの岩に登って昼寝したり、本を読んだり、よくここにひとりで泳ぎに来たな」
 森山はつき出したふたつの岩を指さしながら言った。街を撮り歩く姿からも、写真作品からも伺えないなにものかによってこの浜と結びついている、そう思うと彼の肉体から別の面影が立ちあらわれるかのようだった


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