月曜社 Getsuyosha Limited 書籍出版 人文社会・芸術書

森山大道のOn the Road

大竹昭子

大竹昭子(おおたけ・あきこ)
ノンフィクション、エッセイ、小説、写真評論など、ジャンルを横断して執筆。トークと朗読の会<カタリココ>を各地で開催している。 著書に『この写真がすごい2008』(朝日出版社、2008)、『きみのいる生活』(文藝春秋、2006)、『眼の狩人』(ちくま文庫、2004)、短編集『随時見学可』(みすず書房、2009)、『あの画家に会う 個人美術館』(新潮社とんぼの本, 2009)など他多数。最新刊は 長編小説『ソキョートーキョー』(ポプラ社、2010)。
web: 紀伊國屋書店「書評空間」の同人。草森紳一記念館「白玉楼中の人」で「目玉の人」を不定期連載。
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連載11  

■宅野 (2)

 はじめて宅野のこの家で暮らしたのは2歳のときだった。双子の兄一道が病死し、その埋葬に訪れたとき、両親は大道を連れて帰らずに祖父母に託したのである。理由をたずねたことはないが、兄と同じ運命になるのを恐れて環境のいいこの地で過ごさせることにしたのではないかと想像している。幼児の死亡率はいまよりずっと高く、無事に育つことだけが親の願いだったし、加えてそのころの彼は虚弱体質だった。はじめて親元を離れての生活だったが、さびしい思いをした記憶はなく、祖父母にかわいがられたことだけを憶えている。

 幼児期を生きのびた森山がふたたび宅野にもどってきたのは昭和22年、9歳のときである。こんどはひとりでなく母と姉弟が一緒だった。父が福井から大阪本社に異動になったものの、都市部ではまだ戦後のどさくさ状態がつづいており、一家5人が大阪で暮らすのは時期尚早という判断で、母子だけが宅野の家に身を寄せたのである。都会では慢性的な食糧不足だったが、ここでは引き網を手伝うと魚を分けてもらえて朝から食卓に刺し身がのるような豊かさだった。

 ときどき父が都会のみやげを携えて帰ってきた。本が楽しみだったが、とりわけ心待ちにしたのは「全科」という学習雑誌だった。知らない土地の風物が図解されており、北海道のサイロや時計台などもその本で知って魅了された。写真家になってから彼は繰り返し北海道を撮るようになるが、日本とは思えないような異国的な場所が北のほうあることをこの本で知らされたときの驚きが後々まで残っていたからだった。

 福井のときと同じように帰宅の連絡がはいると、父を迎えに行った。松江方面から山陰線で帰ってくると、となりの五十猛駅を出たあと列車はトンネルを抜け、高い土手の上を直進して仁万駅に着く。家から駅にむかう一本道をまっすぐ進み、坂を登り切るとその土手だった。列車が近づいてくるのを息を詰めて待つ。まだ汽車だった時代で煙をはきながら現われ、次の瞬間、デッキに立って手を振っている父の姿が見えた。幼少のころは祖母の背に負ぶわれて迎えに行き、成長してからはただ蒸気機関車見たさに来ることもあった。生き物のようにあえぎながら迫ってくる姿には、恐ろしさと力強さが同居し、不思議な魅力が感じられた。

 おとなしい性格の上に度重なる転校が影響して、どこに行っても友だちができなかった。この町で憶えているのも同世代の子どもではなくおとなの姿だった。村のなかを歩きまわっては大工や左官の仕事ぶりを飽かずに眺めたり、小学校裏にいた遠縁のおばあさんの家に上がっておやつをもらったりした。そのなかでただひとり、いまも付き合いがつづいているのはトモさんという2歳年長の漁師の少年である。彼を兄のように慕って外に出ればどこまでも犬ころのように付いていったし、彼もまた家にもよく遊びにきて母の肩をもんだりしてくれた。
 トモさんが結婚するときには水彩画を描いて手作りの額付きで贈っており、展覧会場にその絵も展示されていたが、裸婦が踊るようなしぐさで上体を屈めて座っている達者な絵だった。知りあったのは10歳のときで、その絵を贈ったのは21歳。幼いころの友人関係は時間がたつと疎遠になるのがふつうだし、引っ越しによって連絡が途絶えてしまうことも多いが、現在もつづいているところにトモさんへの深い思いと、人間関係を重んじる森山の性格が見てとれる。

 年長者にかわいがられる傾向は生来のものだったようである。上京後、行く当てを失って戸惑っていた彼をアシスタントに拾った細江英公じゃ、彼の礼儀正しく実直な態度にほだされたと述べているし、『カメラ毎日』の山岸章二や『アサヒカメラ』の小森孝之などもデビュー期の彼に相当に肩入れした。その後も人生の局面を人間性で切り抜けてきた場面が少なくないのである。もちろんそれだけで仕事が進展するわけはないが、室内にこもる物書きや絵描きとちがって、写真家は外に出て人と触れ合うことが多いだけに、人間的な力がものを言う場面が少なくないのである。


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