月曜社 Getsuyosha Limited 書籍出版 人文社会・芸術書

森山大道のOn the Road

大竹昭子

大竹昭子(おおたけ・あきこ)
ノンフィクション、エッセイ、小説、写真評論など、ジャンルを横断して執筆。トークと朗読の会<カタリココ>を各地で開催している。 著書に『この写真がすごい2008』(朝日出版社、2008)、『きみのいる生活』(文藝春秋、2006)、『眼の狩人』(ちくま文庫、2004)、短編集『随時見学可』(みすず書房、2009)、『あの画家に会う 個人美術館』(新潮社とんぼの本, 2009)など他多数。最新刊は 長編小説『ソキョートーキョー』(ポプラ社、2010)。
web: 紀伊國屋書店「書評空間」の同人。草森紳一記念館「白玉楼中の人」で「目玉の人」を不定期連載。
|≪  ...|040506070809|10|11121314|...  ≫|


連載10  

■宅野 (1)

 「僕の兄の名は一道といった。数えの二歳でこの世を去っている。兄と僕とは双子である。むろん兄を憶えてはいない。兄を森山家のコピィだとすれば僕は兄のリコピィである。兄の名の一に人の字が割って入って、僕は生きのびることになった。
 昭和十三年十月十日の昼すこしまえ、僕たち二人は大阪府下池田町宇保(現、池田市宇保町)の社宅で生まれた。」
 『犬の記憶』の冒頭にこうあるが、大道は大阪生まれでも、先祖代々が大阪で暮らしてきたわけではなかった。森山家は島根県宅野村(現・大田市仁摩町宅野)の出身で父、兵衛は村の助役の長男として生をうけている。2003年春に森山の大回顧展がおこなわれると決まったとき、その場所が松江の島根県立美術館だったことに首をひねったが、森山家と島根県の縁を思えば不思議でもなんでもなかった。上京前は大阪と神戸で、中学高校は京都で過ごすなど、森山は関西の都市とつながりが深いと思っていたが、ルーツの半分は日本海に面した小さな海辺町にあるのだった。

 「都会派」のように思えた彼のなかに山陰の記憶が眠っていることに虚を突かれ、回顧展のオープニングにあわせて松江に行き、翌日には森山の案内で宅野にも足をのばしてみた。そこには幼いころに森山が祖父母と暮らした父の実家がいまも残っていた。思えば森山の写真と場所との関係が気になりだしたのは、この旅がきかっけだったかもしれない。どこでどうあがこうとそれまで生きてきた時間が表出するのが写真だが、森山の場合はその傾向がとりわけ強く、あてどない道のりをカメラ片手に進んでいくことに存在理由を見いだしているかのようだ。もしそうだとすれば、どこで何を見たかをたどってみることは、無意味ではないように思えたのだった。

 宅野は松江の西へ車で約70キロ、日本海に面した世帯数280ほどの小さな海辺町である。電車で行くには山陰本線仁万駅で降り、海の方角に歩いていくが、この日は車でむかった。昼ごろに松江を発ち、途中、出雲そばを食べて一路宅野を目指して小1時間たったころ、車は国道を離れて坂を下りていった。高く茂った草むらのあいだに入り江がのぞき見え、午後の陽を浴びて集落の屋根が白く光っている。乾いた土塀、黒々した瓦屋根、曲がりくねった路地……。高い建物はごくわずかで街並みぜんたいが低く、まるでそこだけ時代がよけて通ったように昔ながらの町が平然と佇んでいた。
「ほとんど変ってないですね」
 そう言いながら森山は風のように路地を抜けていった。
 ほどなく白塀を巡らせた大きな屋敷の前に出た。築100年以上経った風格のあるこの家は、彼が子供のころに二度に渡って暮らした父、兵衛の実家だった。とそのとき、むかいの家の木戸が開いてなかからおばあさんが出てきた。「みっちゃん、みっちゃん」と森山を呼び止める。「ごぶさたしています」と頭をさげる彼は小さな少年になったようだった。「大道」の本来の読みは「ひろみち」だから「みっちゃん」なのだった。

 両親はすでに亡く、姉は大阪、弟は埼玉にいて、いまこの家には遠縁の方が暮らしておられる。戸口で声を掛けると、回顧展のことを聞き及んでおり、突然にもかかわらず快く迎え入れてくださった。森山は何十年ぶりで敷居をまたいで広い土間に立った。
「あそこに子ども神楽の太鼓がかけてあったんですよ」
 高い天井には、歴史を感じさせる太く黒々した梁がむき出しになっていた。毎年、正月三が日にこの土間で子ども神楽を演じるのが昔からの習わしだった。廊下にはそのときに近所の人を招くための箱膳がうずたかく積まれていて、子どもにとっては家内が祝祭の空気にあふれる楽しみな一日だった。

 この神楽は子どもだけで演じる里神楽として、260年前からこの地に受け継がれてきたものである。現在は少子化の影響でメンバーが減り女子も参加できるようになったが、森山の子供のころは男子が演じるものと決まっていた。クライマックスは4頭の大蛇が登場する「八岐大蛇」で、大蛇は年長の男子が演じ、彼にまわってきたのは道化の鼻たれ役だった。彼にはそれが少々不満だったが、練習のときに青年たちがきどったしぐさで当て振りをするのがおかしく、父が酒を飲むと吹いてくれた横笛の物さびしい音色とともに、鮮明に記憶に残っている。

 寺山修司に大衆演劇に連れていかれたとき、嫌だと思っても撮りだすと夢中になったことを前に書いたが、こうした神楽の体験は記憶の奥深いところでそれと絡んでいるのだろう。忘れていたつもりでも、似たような現場に遭遇するとからだの奥にあるものが反応する。それは「懐かしい」と感じる以前の皮膚に染み込んだ記憶であり、理性でそれを断ち切ることも可能だが、森山はそうしないし、そう出来ない。無意識下に堆積したものと現実とのせめぎ合いが自分にとっての写真であることを、早くから自覚していた。

宅野


|≪  ...|040506070809|10|11121314|...  ≫|

top

有限会社 月曜社 〒182-0006 東京都調布市西つつじヶ丘4-47-3 電話:03-3935-0515[営業] 0424-81-2557[編集] ファックス:0424-81-2561

Copyright (C) 2010 大竹昭子 All Rights Reserved.