月曜社 Getsuyosha Limited 書籍出版 人文社会・芸術書

森山大道のOn the Road

大竹昭子

大竹昭子(おおたけ・あきこ)
ノンフィクション、エッセイ、小説、写真評論など、ジャンルを横断して執筆。トークと朗読の会<カタリココ>を各地で開催している。 著書に『この写真がすごい2008』(朝日出版社、2008)、『きみのいる生活』(文藝春秋、2006)、『眼の狩人』(ちくま文庫、2004)、短編集『随時見学可』(みすず書房、2009)、『あの画家に会う 個人美術館』(新潮社とんぼの本, 2009)など他多数。最新刊は 長編小説『ソキョートーキョー』(ポプラ社、2010)。
web: 紀伊國屋書店「書評空間」の同人。草森紳一記念館「白玉楼中の人」で「目玉の人」を不定期連載。
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連載03  

■1964年、デビュー (3)

 舞鶴からもどり月が変わって4月になると、当初の予定どおり細江英公のアシスタントを辞め、結婚する。相手は細江スタジオの事務をしていた女性で、彼女の実家に近い逗子で新生活がスタートした。晴れてフリーの身になったが、無名の駆け出しのカメラマンに仕事の依頼がくるはずもなかった。アシスタント時代と打って変わって時間はありあまるほどあった。最初に取り組んだのは「無言劇」というシリーズである。死産した胎児をセットアップして撮影するという、ストリート・スナップに専心する現在の森山からは想像できないような内容だった。

----どこでどのように撮ったのでしょうか。

「はじめは青山の病院で公にしないという約束で、1回だけ撮らせてもらったんです。エビみたいにちいさな胎児で、プリントして『アサヒカメラ』に持っていったら、うちではこういう写真はちょっと、と言われて、自分でも未消化だったなあと思い直して、もっとたさくたん撮りたいと思って、夏中かけて病院を探したら、秋が近づく頃になって秦野の産婦人科の院長さんが許可してくれたんです。
 そこは新しい建物を建てたばかりで、使われなくなった荒れ果てた古い手術室があって、棚の上にガラス瓶入りのホルマリン漬けの胎児がずらっと並べてあったんですよ。そこで自由に撮っていいと言ってくれて。
 生まれる直前の胎児で、前に撮ったのよりずっと大きかった。それを瓶から出して黒い紙の上で撮影しました。ライトの熱で胎児が暖まって、ホルマリンのにおいが漂ってきて、最初はちょっと気持ちわるかったけど、縮こまった手足を動かしたりして、自分なりにドラマを作って撮っていくうちにそれが消えて、自然と愛おしい気持ちが込み上げてきてね。
 青山のときには小さな胎児だったので、ただブツ撮りしたにすぎなかったけど、このときは手足を動かしてドラマを作れたから、ちがうものになっていくのを自分でも実感しましたね。興奮して撮るうちに一日が終って、また出掛けていくということが数日つづいたと思います」

無言劇

----胎児には前から興味があったんですか。

「子供のころ、教科書や図鑑なんかに動物の胎児の絵が載っているでしょう。ああいうのをじっと見ていた記憶があるんですね。妙なものだなあと思って。それと僕は双子で兄のほうが二歳で死んでいるので、そういうことが関係してないとは言えないと思うけど、でもなぜあのときにあんなに胎児を撮るんだと思い込んだのか、自分でもよくわからないんですよ」

----結婚した直後ですが、そのことは関係ありますか。

「いや、ないと思う。でも、ないとは言えないかもしれないなあ」

 このシリーズについては、ふたつの点に留意しておきたい。
 ひとつは死んでいる胎児を動かして、想像の世界を撮ったことである。写真には現実をありのまま撮る「take」の要素と、撮れた現実を加工する「make」の要素があり、どちらを重視するかによって写真のタイプが分かれるが、森山に当初から「make」する一面のあったことがうかがえる。だが、セットアップ撮影はこのとき限りで、その後は一度も行っていない。
もうひとつは人の生まれる前のカタチ、種子の状態の人間に関心を寄せていることである。それも理屈でそうしたのではなく、言葉にならない本能的なものに突き動かされて撮ったところに、理詰めではなく直感的に行動する体質が伺える

 「胎児」シリーズは翌6年、『現代の眼』のグラビアページに「無言劇」のタイトルで載った。掲載を決めたのは、『現代の眼』編集者で後に森山の盟友となる中平卓馬だった。一目見るなり掲載を決め、「無言劇」のタイトルも彼が付けた。
 森山の実質的なデビュー作と言えるが、そのあとに撮った「ヨコスカ」が第一作として取り上げられる時期が長くつづいた。こちらのほうが「路上の写真家」としての評価に結びつきやすいからだが、それ以前にこのような作品が撮られていたことは見過ごしてはならないだろう。

 「無言劇」が再浮上したのは撮影から40年たった2004年のことである。パリのカルチェ展で森山はこの作品を中心に据えた大胆な展示をおこない、大きな反響を呼んだ。私自身もそのときにはじめてこのシリーズの重要性に気づいて息を呑んだのだったが、これについては後にまた触れるとして、いまは1964年後半に話を進めるとしよう。胎児を撮り終えたのは夏の終わりで、プリントを仕上げると憑き物が落ちたようにもとの自分にもどった。初秋から横須賀に通い出す。その後、連綿とつづく路上スナップの第一歩である。


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