月曜社 Getsuyosha Limited 書籍出版 人文社会・芸術書

森山大道のOn the Road

大竹昭子

大竹昭子(おおたけ・あきこ)
ノンフィクション、エッセイ、小説、写真評論など、ジャンルを横断して執筆。トークと朗読の会<カタリココ>を各地で開催している。 著書に『この写真がすごい2008』(朝日出版社、2008)、『きみのいる生活』(文藝春秋、2006)、『眼の狩人』(ちくま文庫、2004)、短編集『随時見学可』(みすず書房、2009)、『あの画家に会う 個人美術館』(新潮社とんぼの本, 2009)など他多数。最新刊は 長編小説『ソキョートーキョー』(ポプラ社、2010)。
web: 紀伊國屋書店「書評空間」の同人。草森紳一記念館「白玉楼中の人」で「目玉の人」を不定期連載。
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連載02  

■1964年、デビュー (2)

 はじめに簡単に森山大道の経歴に触れておこうと思う。
 1938年大阪に生まれ、父の転勤で各地を転々としながら育った。17歳で高校を中退、グラフィックデザイナーになるが、戸外で活動するカメラマンに憧れて岩宮武二のスタジオに入り、写真の基礎を学ぶ。
 その後、東松照明、細江英公、奈良原一高らが共同で作った写真エージェントVIVOで働くのを夢見て上京。だがVIVOはすでに解散が決まっており、あわや大阪にリターンというところで細江英公に拾われる。三島由紀夫を撮った代表作『薔薇刑』の撮影に立ちあい暗室作業を担当するなど、細江のもとで貴重な3年間を過ごした。

 アシスタントを辞めて独立したのは、1964年春のことである。
 それから約8か月の期間、森山はとても精力的に動いている。まず独立直前の3月、はじめて独りで舞鶴に撮影旅行に出かけた。夏には閉鎖した病院で胎児を撮影し、それが終わると横須賀に通ってストリートスナップに熱中した。初冬には映画「飛べない沈黙」のスチール班として全国ロケに同行している。忙しかった記憶はないと語るが、その後の人生に大きく関係するさまざまな出来事がこの1年に起きているのだ。

----舞鶴へは、どういういきさつで行ったのですか。

「写真を撮んなきゃなってずっと思っていたけど、自分のこととしてリアルに感じられなかったんです。実際アシスタント業も忙しかったし、なにを撮ったらいいかもわからなかった。そしたら細江さんが、なにか撮ってこいと言ってお金をくれて。アシスタントを辞めることは言ってあったから、その前になにか作品を作れということだったと思うけど、2万円くれたのね。
 ちょうどそのとき、舞鶴にある引揚げ船の廃桟橋が壊されるという記事が、新聞に載ったんです。小さなカコミ記事だったけど、桟橋と閉鎖された寮の写真が出てて。大阪にいたときよくニュース映画で舞鶴港に入る復員船を見ていたし、その寮というのに行ったら東松さんの『家』みたいのが撮れるんじゃないか、とそんな感じで行ったんですよね」

 終戦と同時に、国外にいた軍人・民間人あわせて300万人以上が一斉に日本がもどってきた。その民族大移動とも言うべき出来事が「復員」(民間人の場合は「引揚げ」)の実体である。兵士の乗ってきた船は「復員船」と呼ばれ、舞鶴港ほか全国の九港が引揚湾に指定された。そのうち、もっとも長く業務をつづけたのが舞鶴港で、1958年(昭和33年)に最後の復員船が入港し、桟橋や寮などが閉鎖されていった。60年代に入ると当時を物語る記憶のよすががつぎつぎと消えていくが、森山はそのひとつ、桟橋取壊しの記事を読んで出かける気になったのだった。

「でも、行ってみたらえらく小さな桟橋でね。想像していたのとはだいぶちがってて驚いたんだけど、細江さんにもらった金があったから、小舟を出して沖から撮ったりして、一丁前にやったんです。あと寮の中も撮ったり。東松さんの「家」のイメージがあるから、三脚立てて死んだ鳥を撮ったり、蔦の絡まる様子を撮ったりして、プリントを仕上げて細江さんに見せたら、「ぼくのまねじゃないか」と言われて「えっ?」と思って。ぼくとしては東松さんのつもりだったから。でも今考えると細江さんのカメラワークに近かったかもしれないですね。実際、細江さんのニコンの25ミリを借りていったし」

----自分のカメラは持ってなかったんですか。

「そう、フリーになったときにはじめておふくろがミノルタSRTを買ってくれて、『ヨコスカ』はそれで撮ったけど、このときはまだなくて、細江さんのを借りて行ったんです。細江さんの『薔薇刑』はぜんぶあのカメラで撮っているし、撮影にもぜんぶ立ち合ってますから、自然と似てきたんでしょうね。「舞鶴」は『フォトアート』に持っていく話もあったけど、自分が結婚することになって身辺がごたごたして、結局そのままになってしまいました。そのうちフィルムもどこかにいっちゃって、いまは東京工芸大がコンタクト・プリントの一部を持っているだけです」


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