月曜社 Getsuyosha Limited 書籍出版 人文社会・芸術書

森山大道のOn the Road

大竹昭子

大竹昭子(おおたけ・あきこ)
ノンフィクション、エッセイ、小説、写真評論など、ジャンルを横断して執筆。トークと朗読の会<カタリココ>を各地で開催している。 著書に『この写真がすごい2008』(朝日出版社、2008)、『きみのいる生活』(文藝春秋、2006)、『眼の狩人』(ちくま文庫、2004)、短編集『随時見学可』(みすず書房、2009)、『あの画家に会う 個人美術館』(新潮社とんぼの本, 2009)など他多数。最新刊は 長編小説『ソキョートーキョー』(ポプラ社、2010)。
web: 紀伊國屋書店「書評空間」の同人。草森紳一記念館「白玉楼中の人」で「目玉の人」を不定期連載。
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連載01  

■1964年、デビュー (1)

 森山大道の写真には、だれが見ても彼の写真とわかる明確なスタイルがある。
 断片的なフレーミング、極度のクローズアップ、粒子のアレやコントラストの強さ、それらが浮き彫りにするギラッとした質感、焼込みによる黒く湿潤なタッチ…。
新宿を撮ろうが、ブエノスアイレスを撮ろうが、そこに浮き彫りになるのは暴力的で荒っぽい気配であり、そのスタイリッシュな作風によって、世代を超えて多くのファンを引きつけてきた。
 だがこの様式美に陥穽が潜んでいることも、森山はよく承知している。
写真は現実を転写するメディアであり、しかもその現実は刻一刻と変化している。スタイルは、実際の「現実」が定着されて「写真内現実」を生み出しているかどうかにおいてのみ評価されるのであり、スタイルだけを追い求めると現実は遠ざかってしまう。

 2007年に出版された『ハワイ』という写真集がある。ハワイの島々で撮影した風景や人物で構成されたこの分厚い写真集には、淡々とした歩調とのっぺりした時間感覚が漂い、これまでのような激しく迫ってくる「森山大道スタイル」が希薄だ。評価は二分したが、私は新たな挑戦をしようとしている彼のエネルギーをそこから感じ取った。
 森山はこれまで東京を撮り、ニューヨークを撮り、大阪を撮り、ブエノスアイレスを撮り、というように都市を彷徨しながら多くのスナップショットを生み出してきた。都市に潜む禍々しい空気を、コントラストの効いたタッチで引き出すところに、人気の秘密があったのだ。

新宿

 だが、ハワイはそれらの場所とは異質だった。高層ビルの建ち並ぶ都市的な風景はホノルルのごく一部で、オアフ島のほかの地域や他の島々には茫漠とした田園風景が広がっている。都市と田園、自然と人工、生活と観光、土着的なものと外から流入したもの、欧米的価値観と東洋的価値観など、相反するものが混在しながら、ひとつの要素が他方を支配することなく、まだら模様を成している土地柄だ。過去に訪ねたどんな場所のコードにもあてはまらない、つかみどころのなさを実感するところから、撮影がスタートしたはずである。その茫洋とした印象を、映像的なインパクトでまとめ上げなかったところに、写真集『ハワイ』の成果があると感じたのである。

ハワイ

 森山は、物事をありのまま記録するという意味でのドキュメンタリストではない。むしろ現実を異化しようとする傾向が強いが、その背後に確固とした歴史意識のあることが、以下のような文章から受け取れる。
「たとえば、日常生活のなかで一瞬ふっと感覚してしまう歴史。それは知識とはまったく別の認識で、言い換えれば始原への切なる回帰願望とでもいったことではないかと思う。はるか地平線をのぞんでジプシーが大地に踏み込んだ瞬間、おぼろな水平線をめざしてマドロスが海原に乗り出した瞬間から、人間と自然の果てしない闘争がはじまり、その内部にこそ、一瞬の未来の予知と、原始への瞬時のたちかえり、といった一種の野生の、本性のきざしがあるような気がするのだ」(『写真との対話』93ページ)
 知性でとらえられた歴史ではなく、身体によって、記憶によって、生命の連鎖によって引き継がれるものがある。その連綿とつづいてきた人の営みの歴史、時間の流れが一瞬切断されて写真が生まれ出る。彼の身体を借りて、はるか遠い彼方の記憶までもがその写真に表出することがあるかもしれないと思う。
 これまで彼について書かれてきた文章は、世界を断片化し、等価なものとしてとらえる写真スタイルを取り上げたものが多かったが、この連載では別のことを試みてみたい。どのように見たかではなく、なにを見てきたかを問題にしながら、幼少期から現在にいたるまで、訪ねた場所を聞き出し、そこで見たものを記述していくのである。
 人が何かを見るとき、目の前にあるものだけを見ているのではない。五感を総動員し、記憶を介して対象物のもつ何かに感応している。言葉になる以前の無意識下の反応が、脳内に蓄えられてきた膨大なイメージをふるいにかけるのだ。写真と直接関係ないような話題もあるだろうが、何が写真に関わって、何が関わってないかを仕分けることは出来ない。メディアを通して見たことも含めて、経験したことすべてが彼のイメージ・ワークを支えているのであり、それをあぶりだしながら、いま一度、写真とは何かを問うてみたい。


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