◆ブランショ追悼◆ 西山達也 安原伸一朗 郷原佳以 廣瀬純 西山雄二 福島勲 林茂雄 池上達也 小林浩

延命と再生――ブランショ追悼

小林浩様

 ブランショの名前は、彼自身のこれまで長年にわたる半死状態に対応するかのように、日本でもフランス本国でも、久しい以前から、磨滅した貨幣のように擦り切れてしまっていると思っておりました。そして実際、その磨滅した貨幣は、その存在を緩やかに最終的な消滅にまで到らしめる寸前だったように思っていましたが、今回の「死」をきっかけに、またもやブランショが「延命」させられたようです。

 この延命に、実のところ、両義的な気持ちを喚起させられています。一方で、ブランショ・リバイバルの機会がまたもや失われることに対する危惧があります。なぜなら、ひとりの思想家が、あるいはひとつの思想がリバイバルするためには、その思想家なり思想が、まずは死を迎えねばならないからです。既に久しく死から見放されていたブランショが、もしまた「延命」させられたとしたら、そのリバイバルのためには、またときを待たねばならなくなります。死とは、ブランショも述べていたように、緩慢にしてその瞬間を同定することのできないもののであり、その緩慢な進行そのものが、今回の死によって、再停止されてしまったことになるかもしれません。しかし他方で、今回の「延命」は、ブランショの死を確実なものとする仕方で機能しているという印象も受けます。デリダの弔辞もすでにリベラシオン紙のサイトで読むことができ、今後も各種メディアで、ブランショのインパクトを受けた各世代、各領域の著名人たちがコメントを発表し、さらに、ブランショの仕事をめぐって3月にパリで開催される予定の、初の大規模シンポジウムの場においても、ブランショの喪を営むために、おそらく多くの言辞が費やされることになるものと思われます。そしてこのような仕方で(他の有名作家や思想家と大差の無い仕方で)彼の死が消尽されるその様態そのものに関して、むしろ可能性さえ感じるのです。彼の死をめぐる言説がこれまである種の「タブー」を構成していたことには抵抗がありましたし、ブランショをめぐるもうひとつのタブーである「写真」も、すでにそれはタブーでさえなくなりつつありましたが、今回の死をきっかけに、あっさりとル・モンド、リベラシオン両紙に、同時に公表されました(リベラシオン紙に至ってはブッシュの隣に)。要するに、「死」の不可能性と「作者」の不可能性の思想家の死は、あまりにあっさりと消費されてしまったのであり、そのこと自体は、ブランショがすでに「死んで」いるということの、何よりもの証左のように思われます。意外と早く、彼の死の消費が一巡し、そして忘却のプロセスも一巡したそのとき、再び、ブランショ・リバイバルのときが訪れることになるでしょう。

 ブランショの死を悼む間もなくリバイバルを話題にすることは、不遜極まりない行為かもしれません。しかし来るべき「再評価」のための思想的準備の必要性を、いまここで強調しておかねばならないように思われます。これまでもブランショの思想は、その一見したところの難解さゆえに、長い間「解明」されずに放置されてきましたが、伝記的事実にもとづいたブランショ研究の環境が飛躍的に整いつつある現状において、私たちは、再度ブランショの「思想」を抽出する努力を怠ってはならないからです。そのためには、デリダ、ナンシー、ラクー=ラバルトをはじめとする、ブランショと直接親交を持ち影響を受けた思想家たち、あるいは英語圏でブランショを論じているガシェ、フィンスク、ウォーミンスキーらによるブランショ評価からヒントを得る余地が、まだ十分にあるでしょう。少なくとも、ブランショは観念論とロマン主義からハイデガーにいたるドイツ思想の核心部分に関して極めて独自の洞察を表明した思想家であり、その洞察がいかなるものであったのかは、上記の論者たちが少なからず論じています。また、ブランショ研究の分野では、ブランショとハイデガー、ブランショとヘーゲル、ブランショと現象学、といった研究もない訳ではありません(例えばマルレーヌ・ザラデルの仕事など)が、これらの研究は、ブランショがドイツの文脈に対して保持していた込み入った係わり合いを哲学的抽象性へと還元している点で、「研究」としての不十分さを露呈させているように思われます。例えばハイデガー、ヘルダーリン、ツェラン、リルケ、ユンガーを読むとき、ブランショがドイツの文脈とのあいだに形成していた歴史的・思想史的布置の裏づけ作業は、それが自明なものと思われているがゆえに逆に、まだほとんど行われていないと言ってよいでしょう(ラクー=ラバルトやレスリー・ヒルなどが、例外的にこの作業の手掛りを提供してくれるかもしれませんが)。ちなみにラクー=ラバルトは、最近発表した、「分離」の問題をめぐる論考において(2002年7月5日の「精神分析地中海クラブ」主催コロキウムにおける発表)、ブランショを媒介としつつヘルダーリンのオイディプス像と「ユダヤ人」の形象を結び付けていますが、ここで彼は、ブランショが『問われる知識人』で問題とした、ナチ神話と神話を欠いた民としてのユダヤ人との関係をめぐる議論を前提としています。いずれにせよ、ブランショと神話をめぐる問題は、まだまったくと言ってよいほど解明されていない分野であると言えるでしょう。

 他者の死に際してその思想のリバイバルを語り、また「研究」上の要請という潤いを欠いた話題を付け加える振舞いのがさつさは、天国のブランショ氏にお赦しを請うとして、ブランショの思想的可能性が改めて見直されることを期待しつつ、追悼の言葉に代えさせてください。

2003年2月28日
西山達也

copyright 2003 by Tatsuya Nishiyama

にしやま・たつや:1976年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程在籍。主要論文:「来るべき言葉の翻訳論 ハイデガーとブランショ」(『年報 地域文化研究』、第5号、2002年、東京大学大学院地域文化研究専攻編)。訳書:ジャック・デリダ著『滞留――付:モーリス・ブランショ『私の死の瞬間』』(共訳、未来社、2000年)、ジョン・サリス著『翻訳について』(月曜社より刊行予定)など。


◆ブランショ追悼◆ 西山達也 安原伸一朗 郷原佳以 廣瀬純 西山雄二 福島勲 林茂雄 池上達也 小林浩

追悼ページトップ