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ある「私の死」への追悼の試み

 一人の主体にとって「私の死」は体験不可能な彼岸としてある、というのがブランショの出したテーゼの一つであった。それを適用するならば、今回のブランショの死もまた、ブランショ自身にとって体験されていない「私の死」の一ヴァリエーションとして位置付けられることになる。それは、つまり、その死が実際に起こった「出来事」として引き受けられるのは、周囲の人物であり、その読者たちである、ということである。しかし、当然のことながら、この彼らもまた、この「出来事」を完全に捕捉できる立場にあるはずもない。つまり、ブランショに「私の死」が不意に訪れた(
survenir)ことを理解することはできても、それはあくまで外側からの視点からだけであり、結局のところ、彼の「私の死」は、彼にとっても、我々にとっても、捕捉不可能な、経験的な領域の外部としてあり続けるだろう。

 いずれにしても、確かなのは、起きてしまった誰かの「私の死」を語ることができるのは、残された者たちだけであるということである。だが、ブランショの流儀に適った追悼の仕方とは、とりわけ、自分のテクストにおいてあらかじめ「作者」の死を要求していた作家の死への追悼とは、一体、どのような形で行えば「礼に適った」ものとなるのだろうか。二つの要請(あらかじめ死んでいたブランショ、ついに死んでしまったブランショ)の間で、例えば、デリダやナンシーを初めとするブランショの友人、内外のブランショ研究者たちは、はやくも新聞やネット上で、それぞれの流儀による追悼の仕方を示してくれている。そこには、不在を肯定しつつ現前の消失を悼むという複雑な状況に呼応した、それぞれが示す一つの態度決定が誠実に示されているように思われる。

 ところで、ブランショの死を前にして追悼を試みる我々が置かれている状況とは、バタイユの死を前にして書く際にブランショの置かれた状況と似通うものがある。もちろん、ブランショとバタイユの思索の歩みを同一視してしまうのは粗雑に過ぎるだろうし、さらには、ブランショとバタイユが持つことがあったような対面的な関係が我々のほとんどにおいて不可能だったことを思えば(とりわけ、ブランショは「匿名」の作家であった)、この比較があまりに乱暴なのは承知している。だが、バタイユの思索もまた「死」の必然性をそのスプリング・ボードとしていたのであり、従って、ブランショもまた、亡き友の思索の核となる「死」を肯定しつつ、その経験的な死=現前の消失に態度決定を示すという状況に立たされていたのである。

 この状況下におけるブランショの答えは、思想の完成としての死でもなく、故人の思想とは別次元において現前の消失は悲しいという確言でもなかった。バタイユを追悼するブランショは、亡き友の思索の方向性を徹底的に尊重したまま、むしろ、その延長線において、現前の消失を悼むことの必然性を導き出したのである。そして、このロジックを可能にしているのは、バタイユ、ブランショの両者において絶対的なかたちで共有されていたと言える、一つの関係の在り方の肯定、「友愛」という関係の徹底的な肯定である。

何か本質的なものによって我々が結びついている人々を知ること(
connaître)を、我々は諦めねばならない。私が言いたいのは、彼らを未知のものとの関係において受け入れねばならないということである。その未知において、彼らもまた、我々を、我々との距離において受け入れてくれているのだから。(『友愛』)

 つまり、「友愛」とは、他者に対する一つの態度、こう言ってよければ、一つの倫理的態度である。それは、一人の人間が孕む絶対的な「孤独」=他者性の肯定であり、人と人を分かつ距離の肯定、差異の肯定である。言い換えれば、他者との合一の不可能性の圏内に留まることこそが「友愛」の原理となるのである。しかしながら、この他者との距離を不動のものにする「死」は、それが出来事として生起した場合、「友愛」に肯定的に働くとは限らないとブランショは続ける。

なるほど、この[他者に対する]慎ましさが、ある時に、死のもたらす亀裂に変わるのも確かである。ある意味、何ら変わるところはないと想像することも私にはできよう。(...) しかしながら、[友人の死という]出来事そのものが起こった時、それは一つの変化をもたらす。死は、人と人を分かつ境界を深化させるどころか消してしまう。切れ目を拡大するどころか平らにしてしまう。そして、我々の間にあったこの空白、かつては、歴史を持たぬ(=波乱のない)関係が率直に展開されたこの空白を消散させてしまうのである。(『友愛』)

 なるほど「友愛」とはそれぞれの「私の死」に担保されたお互いの距離の中で他者を受容することであるが、他方、出来事としての死は、互いの間の距離が可能な空間そのものを消去し、「友愛」の可能性までも押し流してしまう。これがバタイユの追悼に際して、ブランショが示した態度である。つまり、「私の死」は、我々の孤独の起源であると同時に、「友愛」の起源ともなるものである。ただし、潜在性としての死は「友愛」の可能性としてあるが、出来事としての死は逆に「友愛」を脅かすものに転化することもあり得るのである。

 ブランショが消えていったはずの不可思議な「私の死」。その捕捉不可能な死は、その近接不可能性によって、死者の絶対的な「秘密」=他者性を守り続けることだろう。しかし、その「出来事」が否定的な方向に働けば、ブランショがバタイユの死の際に危惧した状況が訪れることになる。ブランショの死が、彼に捧げられる「友愛」の担保であり続けるためには、おそらく、ブランショがバタイユのそれに応じたのと同じやり方で、彼の「私の死」を受け止めていくことが肝要なのだろう。死が一つの「秘密」の消去、その孤独=他者性の消去の契機となることを警戒しつつ、他者との絶対的な差異をそれぞれの「私の死」の孤独の中で測り続けること、つまりは、去りゆく他者を「友愛」の圏内に保ち続けることが、おそらく、死から孤独と友愛を導き出した作家への一つの追悼の形として可能なはずである。

2003年3月12日
福島 勲

copyright 2003 by Isao Fukushima

ふくしま・いさお:1970年埼玉県生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科フランス語フランス文学専門分野博士課程、満期退学。現在、国士舘大学、成城大学フランス語非常勤講師。主要論文:「供犠の装置としての文学、バタイユにおける文学の地位」(『仏語仏文学研究』第24号、東京大学フランス語フランス文学研究会、2001年)。  « Sacrifice à travers textes, le sens de la pratique littéraire chez Georges Bataille »(『フランス語フランス文学研究』第82号、日本フランス語フランス文学会、白水社、2003年)等。


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