『舞台芸術』京都造形芸術大学・舞台芸術研究センター=発行 月曜社=発売

2002年10月18日更新


■『舞台芸術 01』巻頭言■


創刊にあたって−−太田省吾

われわれは、今ここに『舞台芸術』という機関誌を創刊しようとしている。小さいながら新しい事をはじめようとしているというわけだ。が、事をはじめるのに易しくない時であるという感じを拭えない。 9・11はさまざまにとらえられ、語られてきている。あの事件はやがて〈あれ以前/以降〉となる、つまりなにかの終りと始まりをもたらすものとなるものなのだろうが、それは何の終りであり何の始まりということになるのだろう。 私の目には、あの事件の映像はまず、スポンジケーキと角砂糖としてうつった。貿易センタービルに、旅客機がスポンジケーキに差し込まれるナイフのように、スウッと入り込んでいった。そして一時間後、二棟の大建造物が水を含んだ角砂糖のように、ズルズルッと溶けるように崩壊していった。想像的物理学にない像だった。 堅固なものの柔わさ脆さを見せられた。「世界」を構成している制度やシステムの在り方へ類推のおよぶものであった。 そして、その類推が誤りでないことを証すように、その中心である〈国家〉が猛然と反応し、他の多くの国家も〈自国の問題として〉協力態勢に入った。〈国家機構〉は堅固なものでなければならず、スポンジケーキや角砂糖であってはならないのである。ここでは、アメリカが第二次大戦後二十カ国を攻撃した国家であることなどは忘れなければならないのであり、それゆえ「すべての国はわれわれの味方になるかテロリストの側につくか、どちらかを選ばなければならない」というアジテーションを短絡とせず正論としなければならなかったのではないだろうか。 さて、この創刊号でとりあげた〈グローバリゼーション〉だが、この新しい潮流を私はつかみかねている。〈地球化〉は、商品流通や人間の往来、そして情報の世界同時性によって語られ、その河幅が広がるのはよいことにちがいない。そしてそれは必然的に〈国家の退場〉へいたるものだろう。そして、その下での世界の変化には興味も湧く。 しかし、私の生きている間の〈地球化〉はどうもそのような豊かさをもった流れであるように思えない。〈国家機構〉は〈すべての国〉において、みずからが〈退場〉へいたるのをくいとめようとする。いわばアメリカ化の進行を主流とするようにしか思えず、また、日々の生の変化としても、なんだかせわしなさうるささを増すようなイメージを抱いてしまうのである。 人間の生を、〈日々〉〈時代〉〈永遠〉の相で考えてみる。先日テレビでベナレスでの人々のさまざまな姿を見たが、彼らは人間の生死という〈永遠〉の相を中心に〈日々〉を生きていて、世界の事象=〈時代〉の相を脱落させている。ひるがえって、われわれの生には、〈日々〉と〈時代〉に中心があり、〈永遠〉の相を脱落させていることが見てとれるようだった。 この日本という国にいる現在のわれわれは、あのようには生きられないと思いながら、同時に感じたのは、〈地球化〉とは、われわれの脱落させている〈永遠〉の相をさらに遠ざけはしないかということであった。あるいは、それは〈時代〉が肥大することであり、それによって、〈日々〉をますます卑小なものとすることではないかといったことであった。 現在この世界に在ることは、この世に生れて今ここにいるということ、それは偶然与えられたこの時代の中の、たとえばこの日本と枠づけられた地域に生れたということであり、その時代、地域とその文化を〈宿命〉=生の前提として百年を限度に生き、そして死に消滅するということだろう。いいかえれば、われわれ人間はそれを〈わが生涯〉=すべてとして生きる者だ。 それは、〈宇宙=永遠〉の相で見れば、一瞬の砂粒の動きを超えないものである。この〈宇宙=永遠〉の相は、一方では〈所詮そんな生を生きる者〉という考えを抱かせる相であり、それをニヒリズムといったりするが、一方それはまた、生の努力の源泉としても作用しているというべきだろう。〈一瞬〉を引延ばし、〈日々〉という単位を〈宇宙=永遠〉の相から引離し、〈一生は長い〉という幻想を生み出し、そこに生の意味、力を得る場としようとする。それを〈一瞬〉を知った者の工作する生の努力といいかえていいだろう。 〈宇宙=永遠〉の相の脱落は、その〈一瞬の砂粒の動き〉という意識を失い、それによって、生の貴重さの源を失うことになりはしないだろうか。 舞台芸術は、その表現の生命を、生成と同時に消滅していくところにおいている。またその素材を、生きた人間とするところで成り立たせる。いわばわれわれの生の〈宇宙=永遠〉の中の〈一瞬〉に対する抗いを基底とした表現形式ではないだろうか。 それによって何を得ようとするのか。若干の気おくれが働くが、それは〈存在の味〉だと私は答えようとしている。そして、それを私だけの答えではない、舞台芸術の基底的な答えではないかとも考えている。 と考えながら気づくことは、その答えまでの距離が現在遠くおぼろげにしか思えないということだ。つまり、そこへ至るには現在の演劇制度を形成しているさまざまなところを問わなければならないということである。 現代の文化は、〈日々〉と〈時代〉を中心とし、それを肥大させ、〈永遠〉の相を脱落させた文化であるとすると、まずは、そこに問いを立てなくてはならないということかもしれない。そして、その問いは演劇のあり方を明示するための問いへとつながるものかもしれない。 『舞台芸術』は、現在の日本の舞台芸術、文化情況を狭窄的ではないかということを共通理解としていて、それを解放するための多様な試みの拠点にしたいという希みをもって創刊される。二〇〇二年四月一日 京都にて


〈9・11〉と演劇の宿命−−鴻英良

異常な事態である。なぜなら、〈9・11〉のショックによって多くの者たちは反省的回路をまったくといっていいほど失ってしまったからだ。この出来事によって極度に痴呆化した世界に佇みつつ、われわれはいま・・われわれが演劇人だというならば・・演劇について、改めて深刻に考えなければならない。 まさにそのような瞬間に、われわれは新しい演劇雑誌を創刊する。つまり、演劇と関わることが、現代において、人間として生きるということとどういうつながりがあるのか、それを包括的な、しかも、さまざまな視点から解き明かす、あるいは探求する、そうした場を創造しようとしてこの雑誌は出発しようとするのである。 しかし、演劇の起源として、ギリシャ悲劇を想定するとするならば(もちろん、これには、ニコライ・エヴレイノフらによる演劇社会学的見地からなどの異論もあるが)、われわれは演劇という存在そのものの中に反省的な思索の数々があったということを確認しなければならないだろう。たとえば、ヴァルター・ベンヤミンはゲーニウス(反神話的言語精神)が最初に姿をあらわしたのは、法においてではなく、ギリシャ悲劇においてであったと書いているが、人間が《思索する反省的な存在》であるということを最初にわれわれに確認させたのはギリシャ悲劇においてだったのだ。 それゆえ、〈9・11〉以降のこの異常な事態において、演劇は、あるいはその起源とされているギリシャ悲劇は、何らかの示唆を、逆説的な意味合いにおいてわれわれに与えてくれるだろう。なぜなら、ギリシャ悲劇では、無数の暴力が、あるいは戦争と虐殺の悲惨な光景が描かれ、愚行が蔓延るわれわれの世界さながらに、血塗られた報復の連鎖が、われわれが普段経験するよりははるかに陰惨な形で出現してくるからだ。 それ以降、演劇は、われわれの世界の現実の悲惨さながらの光景を提示してきたのだ。しかし、そこで重要なことは、ベンヤミンによれば、たとえばギリシャ人は、そのような世界を描きながら、そうした事態は良くないと考えていたということである。そして、彼らはいかにしたらそのような報復の連鎖を断ち切ることができるのかを考えていたのだ。 こうした現実に対する思索と実践はギリシャ悲劇と抜き差しならぬ関係にあったのであって、ギリシャ悲劇を演劇の原型と考えるならば、そうした関係への省察なくして、もはや演劇は存在しえないはずなのだ。しかし、現実に、あたりを見渡すに、現実と反響しあうようなそうした演劇は実際にはないではないかと言う人がいるにちがいない。だが、どのような根拠をもってどこにもないというのか。あなたは世界中の演劇を見て回ったのか。あるいは、古今の演劇を調べたことがあるのか。あなたの身のまわりの演劇がそうだからといって、それが演劇の普遍的な形態とでも言うのか。 われわれがこの雑誌で目論んでいるのは、演劇は、ギリシャにかぎらず、さまざまな世界において、多様な形態を示してきたし、いまも示しているのだということを立証しようとすることである。その演劇の多様な展開の中で、われわれが演劇という表象の形式において、それが人間の可能性の展開とどのように関わってきたのか、関わり得るのか、その具体的な事例を探求しつつ、われわれの生の形態を演劇と共振させようとすることである。 こうした目論見は、創造的実践と批評的実践との、あるいはやがてわれわれが気づくことになるかもしれないいまは未知のある種の実践とのかかわりにおいてなされなければならない。 この雑誌は、そうした実践と呼応しつつ編集されることになる。一方において、京都造形芸術大学舞台芸術研究センターでの、すでに開始されている上演実験とシンポジウムというプロジェクトがあり、そこでわれわれの言説的な探求のある部分は検証されることになる。さらにわれわれは海外の演劇人とのネットワークを作りつつあり、演劇の多様な展開の姿を手繰り寄せようとしている。グローバリゼーションとかグローバル化と呼ばれる世界の中で、一元化と均質化を夢見る演劇人たちがいるが、われわれは、現実の演劇の上演と演劇に関する批評的言語を、彼らとはまったく別に、世界各地の多様な演劇の世界と接続させようとするものである。 ところで、一九八九年のベルリンの壁崩壊に象徴される世界史的な変換を経験していたころ、私も世界がある種の呪縛から解放されつつあると感じていた。社会主義圏の文化に好意的でありつづけた私でさえも、この新たな事態を歓迎していたし、その変化の中で出現していたさまざまな新たな眼差しや芸術的な試みに対して希望のようなものを感じていた。実際、一九八九年以降、わが国でも、二十世紀とはどういう時代であったのかといった議論が真剣に巻き起こったし、歴史に対する検証も始められた。また、隠蔽されていた多くの事態が論証の場に持ち出され、われわれは、自分たちの経験してきた事実についてのみずからの責任についても改めて考えようとしていた。事態は好転しているかにみえた。 しかし、八九年の熱狂が冷めた頃から、われわれは希望の時代ではなく、幻滅の時代を生きているのではないかという主張が説得力をもつようになった。実際、湾岸戦争での破壊と虐殺、サラエヴォやルワンダでの虐殺、あるいは、ソマリアへの米軍の派兵、コソヴォへの空爆、それらはパレスチナとイスラエルの和平プロセスの破局へと集約され、世界は一気に絶望的な状況へと転落していった。それらの推移は同時多発テロと報復攻撃とどうかかわるのだろうか。 「芸術は現実に対する応答である。」 ポーランドの演出家タデウシュ・カントールの言葉である。そしていま、芸術家はこうした事態にどのように応答しているのか。そして批評家はそうした事態や芸術家の活動、あるいは作品に対してどのような言語を投げかけるべきか。 9・11の同時多発テロを挟んでこの雑誌は準備された。9・11《以降》の思考停止状況の中で、いかに批評性を取り戻すか。過去の諸断片を《いま、ここ》という現在時において再配置しつづける演劇という表象の形式は、選択と決断の形式であり、それ自体、批評的なものだ。われわれは、9・11《以降》を射程に据えながら、演劇を軸に芸術の状況について考える場を生産しつづけるために、ここに演劇雑誌の創刊を宣言する。二〇〇二年二月二六日 ハンブルクにて


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